工事請負契約を経営視点から考えてみる
契約書作成は、工事と会社経営を守ることにつながる
建設工事の請負契約というと、契約書を作成し、注文書や請書を取り交わすことを思い浮かべるかもしれません。
しかし、契約の役割は、書類を作成することだけではありません。
工事の内容や条件を明確にすること。受注前に原価や利益を見通すこと。入金と支払いの時期を確認し、資金繰りへの影響を考えること。そして、工事中に変更が生じた場合にも、適切に対応できるようにしておくこと。
これらは、いずれも建設会社の経営に関わる大切な要素です。
請負契約を単なる手続きとして捉えるのではなく、工事を適切に進め、利益を確保し、取引先との信頼関係を維持するための仕組みとして考えてみましょう。
1.契約書を作成しないことで、どのような問題が起きるのか?
建設業では、長年の取引関係や従来の慣行から、口頭での合意や簡単な書類のやり取りだけで工事が進められることがあります。
現場の段取りや職人・協力会社との調整に追われ、契約書の作成が後回しになることもあるでしょう。
これまで問題なく取引が続いてきたのであれば、改めて書面を作成する必要性を感じないかもしれません。
しかし、取引が円滑に進んでいることと、契約内容が明確になっていることは別の問題です。
例えば、次のようなことが起こり得ます。
・工事の範囲が曖昧で、どこまでが当初の請負金額に含まれるのか分からなくなる。
・追加工事を依頼されたものの、追加代金について合意しないまま施工してしまう。
・工期が延びた場合に、費用負担や責任の所在が明確でない。
・資材価格や外注費が上昇しても、請負金額の変更について協議する根拠が乏しい。
・入金条件の認識が食い違い、資金繰りに影響が及ぶ。
・担当者が交代した際、これまでの合意内容を確認できない。
こうした問題は、必ずしも相手が不誠実だから起こるわけではありません。双方が異なる認識を持っていても、それを確認しないまま工事が進んでしまうことが原因になる場合があります。
契約書を作成していれば、すべてのトラブルを防げるわけではありません。しかし、合意内容を明確にし、後から確認できる状態にしておくことは、問題の発生を防ぎ、問題が起きたときの対応を考えるうえで重要です。
建設業法第19条では、建設工事の請負契約について、契約内容の所定事項を書面に記載して相互に交付することを原則とし、一定の要件を満たす電子的な方法も認めています。変更契約についても、適切な書面化が必要です。
「これまでこの方法で問題がなかった」という理由だけで、契約内容の明確化を省略しないことが大切です。
2.基本契約書と注文書・請書を使い分ける
請負契約の締結方法には、工事ごとに契約書を作成する方法のほか、基本契約書を締結したうえで、個々の工事について注文書・請書を取り交わす方法などがあります。
基本契約書で共通のルールを定める
継続的に取引を行う場合には、基本契約書によって、取引全体に共通するルールを定めることが考えられます。
例えば、支払条件、検査・引渡し、契約内容の変更、損害が発生した場合の取扱いなどです。
ただし、基本契約書を作成するだけで、個々の工事に必要な契約内容がすべて明確になるわけではありません。
注文書・請書で個別工事の条件を明確にする
個々の工事については、工事内容、請負代金、工期、支払条件など、その工事に固有の条件を明確にします。
基本契約書と注文書・請書を組み合わせる場合には、双方の書類の関係や、内容が食い違ったときの優先関係なども整理しておく必要があります。
また、注文書・請書という形式であれば、どのような内容でもよいというわけではありません。建設業法上の記載事項や交付方法など、必要な要件を満たすことが求められます。
大切なのは、契約書を何枚作成するかではなく、誰が、何を、どのような条件で請け負うのかが明確になっていることです。
3.初めて取引する相手と契約する時
初めて取引する相手とは、過去の実績や取引の進め方について、十分な情報がない場合があります。
そのため、契約条件を確認するだけでなく、その取引が自社の経営にどのような影響を与えるのかも考えておきたいところです。
工事の内容と見積りの前提を確認する
工事の範囲や仕様は明確でしょうか。見積りに含まれる作業と、別途費用が発生する作業は区別されているでしょうか。
現場条件や施工上の制約、材料の調達、廃棄物の運搬・処理など、必要な費用を見落としていないかも確認します。
代金と支払条件を確認する
請負金額だけでなく、入金時期や支払方法も重要です。
工事の完成後に一括して代金を受け取るのか、着手時や出来高に応じて支払いを受けるのかによって、工事中に必要となる資金は変わります。
相手方の信用状況や支払実績、工事規模と自社の資金余力との関係も、受注判断の材料になります。
変更が生じた場合の対応を決めておく
追加工事や仕様変更があった場合、誰が変更を承認するのか。追加代金や工期への影響をどのように確認するのか。
こうした点をあらかじめ整理しておけば、工事中に変更が生じた際にも、必要な協議や記録につなげやすくなります。
受注できることだけを優先するのではなく、契約条件を含めて、その工事を適切に遂行できるかを判断することが大切です。
4.継続的な取引先との契約も、定期的に見直す
長年取引している相手とは、互いの仕事の進め方が分かっており、信頼関係も築かれているでしょう。
その関係は大切な財産です。一方で、長年の取引だからこそ、契約条件の確認が省略され、従来の慣行がそのまま続いてしまうこともあります。
例えば、次のような点です。
・材料費や外注費が上昇しているのに、請負金額の見直しができていない。
・追加工事を口頭で依頼され、そのまま施工することが常態化している。
・以前に決めた支払条件が、現在の工事規模や資金負担に合わなくなっている。
・担当者が交代し、これまでの暗黙の了解が通用しなくなっている。
・基本契約書の内容と、実際の取引の進め方が合わなくなっている。
初めての取引では、分からないことを明確にすることが重要です。それに対し、継続的な取引では、これまでの条件や慣行が今も適切なのかを点検することが重要になります。
契約条件を見直すことは、相手を疑うことではありません。双方が無理なく取引を続け、適正な利益を確保していくための調整でもあります。
5.契約条件は、原価と利益を左右する
工事を受注する際、請負金額だけに目が向いてしまうことはないでしょうか。
しかし、請負金額が大きくても、必要な費用を十分に見積もれていなければ、利益は残りません。
材料費、労務費、外注費、運搬費、廃棄物処理費、現場経費などを確認し、工事に必要な原価を見積もることが出発点になります。
さらに、工事中に仕様変更や追加作業が発生すれば、当初の想定とは異なる費用が生じることもあります。
そのため、契約時には、工事内容と請負金額を明確にするだけでなく、変更が生じた場合に、どのように協議し、代金や工期を見直すのかを整理しておくことが重要です。
もちろん、契約に変更条項があれば、自動的に追加代金を請求できるわけではありません。実際の変更内容を確認し、必要な協議と合意を行い、記録を残すことが必要です。
受注前に原価と利益を見通し、契約で条件を明確にし、工事中に実際の原価を管理する。
この流れがあってこそ、工事ごとの採算を把握し、次の受注判断に生かすことができます。
6.契約条件は、資金繰りにも影響する
建設業では、工事の売上が計上されることと、実際に現金が入ってくることは同じではありません。
材料費や外注費などの支払いが先に発生し、工事代金の入金は後になることがあります。
そのため、利益が見込める工事であっても、入金までの資金を確保できなければ、工事を進めることが難しくなる可能性があります。
契約を締結する前に、次のような点を確認しておきましょう。
・工事代金はいつ入金されるのか。
・材料費や外注費などは、いつ支払う必要があるのか。
・工期が延びた場合、資金負担はどう変わるのか。
・追加工事が発生した場合、代金や支払時期をどのように協議するのか。
・複数の工事を同時に進める場合、会社全体の資金需要はどの程度になるのか。
例えば、請負金額1,000万円、工事費用900万円、想定利益100万円の工事があるとします。
利益が見込めていても、工事費用を先に支払わなければならず、請負代金の入金が完成後であれば、完成までの資金を用意する必要があります。
利益の額だけでは、資金繰りの安全性は判断できません。
入金と支払いの時期を把握し、必要に応じて工事ごとの入金・支払予定表や資金繰り表を作成しておくことが大切です。入金の遅れが予想される場合には、原因を確認し、取引先との協議や金融機関への早めの相談などを検討します。
契約条件を考えることは、工事の採算だけでなく、会社が工事を継続していくための資金を考えることでもあります。
7.追加工事や条件変更が生じたとき
工事は、当初の計画どおりに進むとは限りません。
施工中に仕様変更が生じたり、追加工事を依頼されたり、現場条件の変化によって工期の見直しが必要になったりすることがあります。
こうしたとき、口頭での依頼だけで施工を進めてしまうと、後から工事の範囲や追加代金について認識が食い違う可能性があります。
変更が生じた場合には、次のような点を確認しましょう。
1.どのような変更が必要になったのか。
2.誰が変更を依頼し、誰が承認するのか。
3.追加費用はいくらになるのか。
4.工期や他の工程にどのような影響があるのか。
5.変更内容と合意事項を、どのような方法で記録するのか。
変更の内容によっては、工事を進める前に、代金や工期などについて協議し、変更契約を書面または適法な電子的方法で取り交わすことが必要です。
こうした対応は、単に証拠を残すためだけではありません。変更による費用や工期への影響を把握し、工事全体の採算を管理することにもつながります。
8.電子契約という選択肢
請負契約の締結方法は、紙の契約書だけではありません。建設業法上の要件を満たし、必要な承諾などの手続きを行えば、電子契約を利用することもできます。
電子契約には、次のような利点があります。
・契約書の郵送や押印にかかる時間を減らせる。
・契約データを検索しやすく、保存・管理を効率化できる。
・変更契約の記録を残しやすくなる。
・紙の課税文書を作成する場合に生じる印紙税の負担を避けられる場合がある。
紙で作成する建設工事の請負契約書は、原則として印紙税の課税対象になります。一方、電子データそのものは、通常、印紙税法上の課税文書には該当しません。ただし、別途紙の契約書を作成する場合などは、個別に判定する必要があります。
電子契約を導入する際には、契約内容の真正性や改ざん防止、データの保存・閲覧などにも配慮しなければなりません。
また、電子化すること自体が目的にならないようにすることも大切です。契約内容を明確にし、相手方と合意し、その記録を適切に管理するという基本は、紙でも電子でも変わりません。
9.契約を、完成後の振り返りにつなげる
工事が完成したら、見積り時に想定していた原価と、実際にかかった原価を比較してみましょう。
予定より利益が残った工事もあれば、想定以上に費用がかかった工事もあるかもしれません。
その違いは、どこから生じたのでしょうか。
・見積りの段階で、必要な費用を十分に見込めていたか。
・施工中に、原価の増加を把握できていたか。
・追加工事や仕様変更について、適切に協議できていたか。
・工期の延長や資材価格の変動に対応できていたか。
・入金と支払いの条件は、会社の資金負担に見合っていたか。
こうした点を振り返ることで、次の見積りや契約条件の検討に生かせることがあります。
工事ごとの原価や利益を把握し、それを会社全体の決算と結びつけて考えることも重要です。年間の実績を決算書で確認し、建設業財務諸表や決算変更届の作成、必要に応じた経営事項審査などへとつなげていくことができます。
契約は工事の始まりにありますが、その内容を検証する機会は、工事が完成した後にもあります。
請負契約を、単なる書類作成で終わらせないために
請負契約を適切に締結することは、法律上の義務を果たすためだけのものではありません。
工事の内容や条件を明確にし、原価と利益を見通し、資金繰りへの影響を考える。そして、工事中に変更が生じた場合にも、必要な協議と記録を残し、完成後には実際の原価や利益を振り返る。
こうした一連の流れが、トラブルの予防、適正な利益の確保、取引先との信頼関係の維持につながります。
当事務所では、請負契約に関する書類の作成を、単に書類を整える作業としてではなく、建設会社の実際の業務や経営との関係から考えることを大切にしています。
契約書の作成や注文書・請書の整備を検討されている場合には、取引の実態や工事の進め方を確認しながら、どのような契約の仕組みが適切なのかを考えていきます。
※建設工事の請負契約には、建設業法その他の法令が関係します。具体的な契約方式、契約条項、電子契約の要件などは、工事の内容や取引関係に応じて確認する必要があります。個別の紛争や高度な法律判断を要する事項については、弁護士などの専門家との連携が必要となる場合があります。